広島高等裁判所 昭和39年(ネ)33号 判決 1966年3月04日
控訴人 金井ナツヨ
被控訴人 和泉積隆
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた
(被控訴代理人の主張)
一 訴外中光二郎は、昭和二八年一〇月六日控訴人から金四〇万円を利息月六分、弁済期同年一一月五日の約で借受け、被控訴人は同日控訴人に対し訴外石破福寛とともに右訴外中光の債務を連帯保証し、かつ同債務を担保するため、被控訴人所有の別紙目録記載の両物件に抵当権を設定する旨約した。そして右物件中甲号物件については、同日付をもって抵当権設定登記を了したのであるが、乙号物件については、当時該物件が土地区画整理の対象となっていて、抵当権設定登記をなす途がなかったため、やむなく右同日三原市城町土地区画整理組合に対し、売買の形式により、被控訴人から控訴人にその所有名義の移転手続をなしたものである。したがって乙号物件についてとられた右の措置は外見上あたかも譲渡担保のごとき観を呈しているが、その実質は前記約旨によって抵当権設定の域を出でないものである。そしてその後右土地区画整理組合は目的を達して解散し、登記手続をすることが可能となるや、控訴人は右組合への移転手続の結果乙号物件が自己所有名義になっていることを奇貨として、昭和三五年一一月三〇日前記約旨に反する控訴人名義の所有権保存登記をなすにいたった
なお、被控訴人は乙号物件の右所有名義移転を譲渡担保の趣旨でなしたものである旨主張したが、右は真実に反し、かつ錯誤によってなしたものであるからこれを撤回する。
二 しかるところ、控訴人は昭和二八年一一月一八日被控訴人に無断で、なんら登記原因がないにもかかわらず、甲号物件について、同年一〇月六日付売買を原因とする所有権取得登記をしたので、かくして甲号、乙号両物件ともに登記簿上控訴人の所有名義となったのであるが、前述のごとく本来当事者間においては、単に抵当権を設定する約であったにすぎないのであるから、両物件はいずれも依然として被控訴人の所有に属する。
三 右両物件の抵当権が担保する現在の債務額は、金三七万九一三三円おびよこれに対する昭和二八年一一月六日から完済にいたるまで年一割の割合による遅延損害金である。すなわち、前記一の約定により訴外中光二郎が控訴人から金四〇万円を借受けるにあたって、月六分の割合による弁済期までの利息(一ケ月分)金二万四〇〇〇円を控訴人において天引したので、現実に右訴外人が受領した金額は金三七万六〇〇〇円なるところ、当時施行されていた旧利息制限法所定の利率たる年一割の割合による右金額に対する一ケ月分の利息額は金三一三三円にすぎないから、右天引額中これを超える部分、すなわち金二万〇八六七円は、当然元本の弁済に充当されるべきであって、弁済期における残存元本はかくして右充当額を差引いた金三七万九一三三円である。したがってこの元本額およびこれに対する弁済期の翌日である昭和二八年一一月六日から完済にいたるまで約定利率を右利息制限法所定の制限範囲内に引きなおした年一割の割合による遅延損害金が本件各抵当権の担保すべき債務である。
四 前述のごとく被控訴人は控訴人との間に本件両物件につき、抵当権を設定したのみであるから、控訴人がこれらの物件につき登記簿上所有名義を有すべきいわれはなく、被控訴人はこれら物件に対する所有権に基づいて、その移転登記手続をなすべきことを求めるものであるが、前記債務がなお存していることに鑑みて、これが完済を条件とすることとして、本訴請求に及んだ。
五 省略(無権代理の主張)
六 省略(目的物件の時効取得の主張)
(控訴代理人の主張)
一 被控訴人主張の事実中その主張の日時に、その主張のごとき約定で訴外中光二郎が控訴人から金四〇万円を借受けたこと(ただし利息は月五分、弁済期後の遅延損害金は日歩三〇銭の約であった。)、被控訴人と訴外石破福寛が右債務を連帯保証したこと、乙号物件について被控訴人主張のごとき所有名義変更の手続がなされたこと、および本件両物件の登記に関する主張事実についてはいずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する。
二 控訴人が本件金員の貸渡をなすにあたって、被控訴人の代理人たる訴外下本保太郎は、該債務を担保するため、本件両物件の所有権を同日債権者たる控訴人に対して移転することとし、債務が約定の弁済期までに完済されたときは、控訴人において本件両物件の所有権を被控訴人に返還すべく、しからざるときは、弁済期徒過とともに当然被担保債務は消滅し、被控訴人は弁済による本件両物件の返還を求める権利を失い、その所有権は確定的に控訴人に帰属せしめる旨控訴人に約したものであるから、右弁済期たる昭和二八年一一月六日を徒過したことによって本件両物件は当然控訴人の所有となったのである。
なお、本件両物件を担保に供するにつき、右訴外人がかりに被控訴人から抵当権設定の代理権しか授与されていなかったとしても、右訴外人は被控訴人の委任状を所持しており、控訴人において右訴外人が本件両物件を担保のため所有権移転の代理権限まで有していると信ずべき正当の理由が存していたものである。
三 かりに本件両物件を担保とする約定が、債務の弁済期徒過とともに当然確定的に控訴人の所有となる趣旨までは含んでいないとしても、弁済期を徒過した後債権者たる控訴人の意思表示をまって本件両物件の所有権を移転する旨の予約があったところ、控訴人は弁済期後たる昭和二八年一一月一六、七日頃被控訴人に対して本件両物件の所有権を取得する旨の意思表示をしたから、これをもって右両物件の所有権は確定的に控訴人に移転したものである
なお、被控訴人の本件両物件に対する時効取得の主張は、時期に遅れた攻撃方法の主張であるから、却下さるべきであり、また被控訴人において時効取得すべきいわれもない。
四 かりに本件担保に関する契約が被控訴人主張のごとく抵当権であるとしても、その被担保債権の内容は次のとおりである。
控訴人が貸渡した本件金員は金四〇万円全額であって、控訴人は約定による月五分の割合の利息金二万円を天引したことはなく、右貸渡の後任意に支払を受けたのである。そして本件契約当時控訴人は旅館業、被控訴人は飲食店を各営んでいたから、右貸金債権は商法施行法第一一七条にいわゆる商事債権として旧利息制限法の適用を排除さるべく、結局控訴人の債権は金四〇万円およびこれに対する昭和二八年一一月六日から完済にいたるまで日歩三〇銭の割合による約定の遅延損害金である。
五 被控訴人の自白の撤回に対し異議がある。
(証拠関係)<省略>
理由
訴外中光二郎が昭和二八年一〇月六日控訴人から金四〇万円を弁済期同年一一月五日の約で借受け、被控訴人と訴外石破福寛が控訴人に対して訴外中光の同人に対する右債務を連帯保証したことは当事者間に争がない。
被控訴人は右債務を担保するため抵当権を設定したにすぎない旨(被控訴人が乙号物件について譲渡担保なる旨の自白を撤回したことにつき、控訴人は異議をとなえているが、右撤回は控訴人が援用する以前になされたものであるから、有効であって、裁判所はこれに拘束されない。)主張するに対し、控訴人は被控訴人が本件各物件を譲渡担保の目的となした旨主張するので、この点につき按ずるに、成立に争のない甲第二号証の一ないし三、第二三号証、第一号証の二、原審証人清水清の証言(第一回)により成立を認めうる同第一号証の一、成立に争のない同第一一、一四号証、乙第四、五号証、原審証人清水清(第一、二回)、原審および当審における証人下本保太郎(ただし原審は第二回)、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)および弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人は昭和二八年一〇月六日、訴外下本保太郎の斡旋により、控訴人に対し、前記金四〇万円の債務を担保するため、その所有の本件両物件に抵当権を設定しようとしたところ、そのうち乙号物件は当時土地区画整理の対象となっていたため、これが抵当権設定の登記をすることができないので、甲号物件についてのみ抵当権を設定し、乙号物件については、担保の目的を達すべく、その所有権を債権者たる控訴人に移転する旨約し、土地区画整理組合に対して所有名義の変更手続をしたことを認めることができ、これに反する証拠はない。
而して、原審における鑑定人岩田順治、同曽根熊一の各鑑定結果に徴すれば、乙第二号証中売渡人欄の和泉積隆なる署名は、被控訴人の自署と認められるところ、同証は売渡証と題して物件売渡の文言を謄写版刷で印刷してあり、弁論の全趣旨に徴するも、これが被控訴人の右自署後に印刷されたものとは認めえないから、同証は被控訴人において売渡証なることを十分知悉したうえで署名したものと推認するほかはない。そして前記甲第一一号証、乙第五号証、成立に争なき甲第二〇号証、甲第三号証の二(成立については後述)、原審および当審における控訴人本人尋問の結果(ただし原審については第一回)に徴すれば、被控訴人は右乙第二号証に印鑑明証書(甲第二〇号証)つき委任状(甲第三号証の二)をそえて前記認定の本件契約締結のさい、該契約に関する他の書類とともに訴外下本を介して控訴人に交付したことを認めることができ、成立に争のない甲第五、六号証、原審および当審における被控訴人本人尋問の各結果中、以上の認定に反する部分は措信できず、その他これを覆えすに足る証左はない。
そうしてみると甲号物件につき、抵当権設定と同時に、該物件の売渡証のほか、所有権移転登記に必要な書類をもあわせて交付したことは、他面前題甲第二三号証により該抵当権の被担保債権が元本のほか、日歩三〇銭の割合の遅延損害金を内容として含んでいることが認めえられる点をも併せ考えれば、債務の本旨にそう履行がなされなかった場合、控訴人の意思表示をまって、抵当権を実行することなく同物件の所有権を控訴人に移転すべき旨約したものと解するのが相当である。そしてさきに認定した乙号物件に対する譲渡担保契約も、その締結された経緯から明らかなように該物件が本件債権の担保として甲号物件と一体的な関係にあり、前顕各証拠によって、その売渡証(甲第一号証の一)が甲号物件のそれと同時に一括して被控訴人から訴外下本を介して控訴人に交付されたことを認めうる点等に鑑みるならば、その担保目的実現の時期態様は、甲号物件のそれに準ずべく、控訴人が主張するように本件被担保債権の弁済期の到来によって当然乙号物件を確定的に控訴人の所有に帰せしめる趣旨ではなくて、甲号物件が控訴人の所有に帰するときをもって乙号物件もまた同様に確定的に控訴人の所有に帰せしめる趣旨の約旨であったと推認すべきである。原審における鑑定人山田弘道の鑑定による昭和二八年当時の本件物件の時価を参酌しても右認定の妨げとなるものではない。
そこで次に控訴人が甲号物件につき、所有権を取得すべき意思表示をしたか否かの点を按ずるに、原審における鑑人岩田順治同曽根熊一の各鑑定結果および原審における控訴人本人の尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認むべき甲第三号証の二(委任状と題して不動産登記に関する一切の権限を授与する旨不動文字で印刷してある。)、成立に争のない甲第二〇号証、原審および当審における控訴人本人尋問の各結果、および原審証人下本保太郎の証言(第一回)に徴すれば、控訴人は前記約定の弁済期徒過後たる昭和二八年一一月一六、一七日頃該物件を自己のものとするため、被控訴人宅を訪れ、被控訴人に対して、その所有権移転登記をしたい旨告げ、所定の委任状(甲第三号証の二)に被控訴人の署名をえた事実を認めえられるから、該物件の所有権は右意思表示の時をもって被控訴人から、控訴人に移転したものと言うべく、したがってまた乙号物件についても、時を同じくして前叙譲渡担保契約による所有権の移転が確定的となり、爾後債務者たる被控訴人はこれが返還請求をなしえなくなったものと解するのを相当とする。原審および当審における被控訴人本人尋問の各結果、および前顕甲第五、六号証中右認定に反する部分は措信できず、その他右認定を覆えすに足る証左はない。
被控訴人は、本件各物件について取得時効を主張し、該主張は時機に遅れた主張とは言いえないけれども、控訴人が本件応訴によって所有権の帰属を争っている以上これが中断せることは明らかであるのみならず、そもそも前記認定によれば、その主張する占有開始当時被控訴人が善意なりしものとは言いえないから、かかる主張は採るに由なきものである。
果してしからば本件両物件は結局控訴人の所有と認められ、これが被控訴人に帰属することを前提する本件請求は認容すべき限りでないから、これと異る判断に出でた原判決は失当として取消し、被控訴人の請求を棄却すべきものである。<省略>
よって訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。